こんにちは。公認会計士の山本です。
以下の文章は、数ヶ月前の日本経済新聞に掲載されていた記事の一部を抜粋したものです。
「会社設立の際、フィルムを貼り付ける設備を提供し、技術の詳細を開示した。にもかかわらず、合弁先は肝心な部分を隠した。生産現場を見学したときのことだ。『ここから先はお見せできません』という言葉が返ってきた。相手との信頼関係を築けず、3年間で合弁を解消した。」
ある会社の中国合弁事業についての記事なのですが、
日本企業、特に技術を持つ中小企業が、例えば、海外の展示会に出展したりすると、
直ぐに現地企業が寄ってきて「一緒にやりませんか?」などとチヤホヤしてきます。
言われた方は、技術には自信があるので、そういう風に言われるのを当然と受けとめ、一方で、見ず知らずの国で、単独で事業をする自信はないので、渡りに船とばかりに、直ぐに話がまとまります。
ところが、チヤホヤされるのは最初のうちだけで、
相手は、欲しかった技術さえ手に入れてしまえば、
日本企業をチヤホヤする理由はなくなり、
上の記事のように、日本側からすると「裏切られた」ということになってしまいます。
では、どうすれば良かったのか?
私だったら、で考えると、
進出形態として「合弁」が適切か、始めに考えると思いますが、
「合弁」を選択すると決めたとしますと、
次に考えるのは、合弁事業で何を得たいのか、何処迄のリスクを負えるのかになります。
また、合弁相手として、その相手で良いのかどうか、何故、その相手なのか、他に選択肢はないのか等も吟味します。
また、自社の技術のうち、合弁事業に出せるものは何か、出せないものは何かの検討も行います。
絶対に盗られてはいけないものは、外に出すべきではないからです。
(事業計画)
次に、合弁相手と、合弁で何をするのか、何を目指すのか議論します。
ここで議論した内容については、立上げから数年先までの、具体的な数字として落し込み、
立上げ時、誰が何を提供するのか、
売上はどういった先へ幾ら見込めるのか、
原価はどのくらいかかるのか、
費用は何にどのくらい発生し、
利益はどのくらい見込めるのか、
根拠と共に作り込みます。
こういったものを作り込むことで、
相手と具体的な事業イメージを共有することになりますし、
見落としていた事象や、軽視していた事象、
当初、考えていた程、重要な問題でない事象等が明らかになったりしますし、
実際に合弁事業がスタートしてからは、
当初の事業計画と、実際の事業結果との比較において、
何が計画通りに行っていて、何が計画通りに行っていないか、
その理由は何か、検証するための、叩き台になりますので。
(合弁契約)
更に、合弁相手と、合弁事業を運営するルールを議論し、契約として落し込みます。
ざっと考えてみても、以下のような事項が思い浮かびます。
- 経営資源
資金、土地、建物、生産設備、技術、顧客、原材料、人員等、誰が、幾らの対価で、いつ提供するのか?
- 技術
技術の定義を明確にする。
提供した技術の扱い方・利用方法。
合弁会社が新たな技術を開発した場合の帰属。
- 経営者
選任方法、委任条件、評価方法、解雇方法。
- 追加支援
将来、合弁事業が追加支援を必要とするようになった場合、それに対する対処方法を、どのようなメンバーで、どのように決定するか。
- 報告
いつ、誰から、誰に対し、どの言語で、どのような内容の報告をさせるか。
開示範囲(報告を開示して良い対象は?)。
- 経営への参加
身内の取締役を派遣する/しない。
株主総会を年に何回、いつ、どこで開催する?
株主総会で議論する事項は何か?
株主総会の進め方?
株主総会でしか決められない事項は何にするか。
株主総会の決議の方法。
各株主の拒否権の対象。
- 株式の譲渡・質入
株式を譲渡、質入する場合の条件。
- 利益配分
どのような場合に、幾ら、利益配分をするか?
- 合弁解消
合弁事業解消の条件、進め方。
- 罰則
株主総会、合弁契約で定めた事項が守られない場合の合弁内での救済手段。
法律に訴える場合、どの法律の管轄下とするか。
- 事業監視
外部の公認会計士による会計監査を受けさせる。
年に数度、立入り検査をする権利。また、それに対する協力義務。
(合弁事業スタート後)
事業が始まってからは、
合弁会社から毎月、数字を報告させ、
年度末の会計報告については、中味を詳細に吟味し、納得できるまで、理解できるまで、質問をします。
また、合弁会社の重要性が高ければ、日本から管理部門のトップが現地に赴き「問い質す」作業を行います。
日本側の責任者が株主総会に参加するのは、そういった作業が済み、報告された数字がそれなりに信頼でき、会社の運営が適正に行われているという印象を得てからになります。
その上で、経営について、株主総会でしっかり議論します。
また、虎の子の技術を提供している場合は、その技術の使われ方について、
技術の人間が、行って何もすることがないとしても、少なくとも、年に複数回は現場を訪問し観察します。
(合弁の解消)
時間が経過し、状況が変化し、合弁を続ける理由がなくなった時は、
即、合弁を終了します。
(最後に)
とここまで書きましたが、これは、欧州企業を見てきた人間が考える、彼等にとっての当り前の合弁の進め方であって、恐らく、日本企業でこういうことをしている会社は殆どないのではないかと思います。
まあ、ただ、予め、決めるべき事項を決めず、また、決めたことを守らせるための「事後コスト」も掛けず、後になって「裏切られた」と言うような話は、気持ちの良い話ではありませんので、もうそろそろ、そういう話を聞かなくても済むようになりたいと思えます。
それと、若し、合弁という選択をして、ここまでするのであれば、結局、自社単独で進出し、現地の人間に任せたとしても、十分にコントロール出来てしまいますので、そういう観点で、合弁を選択するかどうか、検討して頂きたいように思います。
多くの経営者の方は、合弁の方がコストが安いと思われているのだと思いますが、合弁を正常に維持していくためには、それなりにコストが掛かる、という認識を持ってもらいたいと思います。
また、それでも、合弁を選択するのであれば、
「入口が肝心」ということと、「事後の管理コスト」はタダじゃない、という認識をお持ち頂きたいと思います。
技術力からすれば、もっと多くの果実が得られた筈なのに、海外展開の進め方が分かっていないがために、技術力に見合った成果が得られていない、というのは、非常に勿体ないと思います。