8/08/2017

「アベノミクス増えぬ新規開業」融資の二重保全が壁  (日本経済新聞 2017年8月8日)

 (記事の内容)

アベノミクスは、開業率10%台を目指しているが、15年度の開業率は5.2%に留まる。

新規開業の壁の一つに「二重保全」を求める銀行の融資姿勢がある。即ち、銀行は、不動産担保に加え、個人保証も求めている。



これに対し政府は13年末に「経営者保証ガイドライン(指針)」を策定し、一定の条件を満たせば、銀行は信用保証の解除を検討しなければならないとした。

ただ、無保証融資の割合は指針導入前に比べ数%しか伸びていない。指針に後ろ向きな銀行の説明が十分でなかったためだ。

信用保証の存在は円滑な事業承継も拒んでいる。

金融庁は銀行に対し保証に過度に依存しないよう「何度要請したかわからない」(幹部)が改善されない。金融庁は今後1年、改めて聞き取り調査を進め、保証に依存する原因を究明する考え。


(コメント)

① 新規開業率と銀行の個人保証との関係

本記事では、新規開業率が伸びない理由の一つとして、銀行が融資に際し個人保証を求める点を挙げているが、これはかなり無理がある議論と言える。

何故なら、銀行は元本割れが許されない預金により資金調達しているのであるから、その資金を、これから事業を始める者に対し、その将来事業のみを担保に貸すことはないからである。若し、そういったことを、リスクマネーを預かっているベンチャーファンドではなく、預金を預かっている銀行がしているのであれば、それは明らかに経営としておかしい。

個人的には、新規開業率を伸ばすには、例えば起業者への出資を、出資時点で全額、出資者側において損金として認める等の方法が理に叶っていると考える。勿論、これは税金を起業に注ぎ込むことなので、そこまでして新規開業率を伸ばす必要があるのか、という議論が先に来るべきと思われるが。

また、最近、聞かなくなったが、40歳定年という制度も、開業率のUPに繋がるものと考える。

自分の回りを見回してみても、日本の一流企業に勤める同世代の人たちは、若し、自分が今いる会社から離れたら、今、得ている報酬と同じレベルの報酬を得られる可能性が殆どないこと、また、一度、外に出てしまったら、もう一度、同じ条件で、この場所に戻って来られる可能性が限りなく低いことを知っている。

そんな中、たとえ技術や知識があっても、起業どころか、転職ですら、敢えてリスクを冒す必要はないのである。

そういった意味で、40歳定年という制度は、人材の流動化、人材価格の適正化をもたらす可能性が高い制度と言えるため、起業に対するハードルを引き下げるものになると思われるが、実際にそれを導入することは、多くの人たちが現在の60歳定年を前提に人生設計をしていることを考えると、やはり立ち消えになるべき議論なのだと思われる。

② 個人保証を伴わない融資

記事では、銀行が説明を十分にして来なかったため、経営者保証ガイドラインが企業の側に周知されなかった、という主張がなされているが、

これは銀行のみが責められるべき問題ではないのではないかと思う。

私自身、何人かの経営者と、ガイドラインについて話したことがあるが、全員、ガイドラインを知っていたが、自らの事業に自信があることもあり、どちらにしろヒットしない(と彼等が考えている)個人保証を差し入れることは、大きな問題ではなかったようで、むしろ、そんなことで銀行と交渉することの方が面倒臭い、という感じだった。

事業が上手くいっていない人は、出来るだけ個人保証を外したいと思うが、銀行はそういった事業では、それのみを担保にお金は貸せない。

一方、事業が上手くいっている人は、どちらにしろヒットしないので、個人保証を差し入れていることに抵抗がない。

無保証の割合が伸びない理由は、そこら辺にあるのではないかと思う。

最後にこの手の議論があると、いつも抜け落ちていることとして、事業のみで信用を創るのに、どのくらいのコストが掛かるのか、という点がある。

私は以前、日米の会社が出資して作った合弁会社の監査をしていたが、これはアメリカ側の出資者が本国で銀行からお金を借りるにあたり、その銀行から会計士の監査を求められたためだったのだが、

それなりに監査費用も掛かるし、仮に監査結果に重大な誤りがあれば、私の方で、銀行に補償もしなければならない関係でもあった訳で、そうやって信用が創られていたのであるが、

日本の「経営者保証のガイドライン」の議論では、その辺のコストが軽く扱われているように思えてならない。(参照:1.中小企業の決算書が正しくない なんてことがあるんですか?​

若し、本気になって個人保証を外し、事業のみを担保に信用を創る、というのであれば、そのためのコストを債務者が負担する、という当り前の議論も付け加えるべきではないだろうか。

その上で、そのコストと、個人保証を外すメリットとの比較を行い、判断がなされるべき話ではないかと思う訳で。